stage 3 
 シルクへのオマージュ(賛歌) 

            T ヒストリー(歴史学) 六合村赤岩部落

            U ガボロジー(ボロ学) 西陣工房ショップ・ぺンステモン

            V フューチョロロジー(未来学) 昆虫学からのメッセージ

            W エコノミー(経済学) テキスタイル・クリエーション・シリーズより

   @総論…残照に映える二千年の憧憬 

               A西陣…古い言葉で歌う新しい詩とは

               B鐘紡…紡績界デザイン開発の明星はいま

               C富士吉田…甲斐路にきらめく糸の宝玉               

               Dテキスタイル・クリエーション・シリーズ目次


T.シルク ヒストリー(歴史学)   
           六合(クニ)村赤岩部落

六合(くに)村赤岩部落  草津、長野原、暮坂峠を結ぶほぼ中央
桐生を中心に精力的な活動を展開しているテキスタイルコーディネーターの高橋和夫氏は、私にとって何時も新鮮な業界情報を提供してくださると共に、古き良き日本へのガイドとして私には得難い存在なのだが、かって碓井峠の麓の碓井製糸をご案内くださった折に、草津温泉の近傍に、昔の養蚕部落の面影を今なお色濃く留めている六合村赤磐部落があって、その保存修復が県の課題になっているというお話があった。物見高いは江戸の常、おねだりをして早速にご案内いただいた。      
そこは地図に示すように、長野県新潟県の県境に隣接し、長野原、草津温泉、暮坂峠を結ぶ三角形の中央部にある。 安山岩の屏風岩を背にして白砂川に接し、温泉も湧き出るこの部落は、明治以降、製炭、麻、蒟蒻の栽培と共に養蚕を営んできた。そこには村の鎮守があり河童伝説も伝えられて、古き良き山間部落の一典型になっている。慎ましく暮らし、愛情を傾けて蚕を育ててきた桃源郷だったのである。今なお山村に暮らす知恵がそこここに浸透しているように見えた。         
       

赤岩ふれあいの里委員会と協同組合群馬建築修復活用センターによる共同調査によれば、この部落は全戸数52棟のうち、昭和20年以前、つまり戦前の建物は42%、明治半ばの大火を免れた建物は7棟ある。現在ではすでに廃業しているものの養蚕主体の構造を保持している家は21棟と全体の4割を占めているから、養蚕部落の面影は今なお色濃い。穀蔵、味噌蔵、麻を貯蔵するネド蔵など蔵が35棟と多いことは、かってシルクブームで潤った余栄だろうか。ここは蔵の村といってもよさそうだ。広いとはいえない部落の道をさすらうと、白く繊細な繭を山と積んで、前橋や桐生に出荷した往年の賑わいが、今なお聞こえてくるようだ。
そういう部落に滞在し、養蚕のことを学びながら、合わせて山村の習俗を知ることが出きれば素晴らしいことだろう。私たちは村の故老のお話を伺いながら、昔の施設の跡を見学させていただいたのだが、その折にあかざの杖を頂戴した。大きな雑草にしか見えないこの草は、育ち乾くとその茎は強靱な木の幹のようになる。女の裸体に見とれて、雲から落ちてしまったあの気の毒な久米仙人が持っていた杖が、このあかざだったことを後になって知った。

集落の南から東の丘を登ると、かってイズナ(飯縄)さんとの愛称で呼ばれていた赤岩神社があり、集落の中央には修験道の道場である鎮学院がある。現在は知らずかっては、県境の険しい山をめざす修験の行列が、村人に山への恐れと愛着を改めて抱かせたこともあったのかもしれない。然し何より深い感銘を与えるのは、かって高野長英をかくまった湯本家の存在である。長英は幕末の蘭学者。シーボルトに学んで西欧医学の普及に務め開国をめざしたが、渡辺崋山と共に幕府に逮捕され永牢の判決を受けた。然し彼は放火脱獄して江戸市中に潜伏、兵書翻訳に従事した後、宇和島藩の招きで同地に赴いた。翌年に江戸に戻って薬品で面相を変えて医業に従事したが、幕府に追われて自殺した。
凄まじいばかりの文明開化の先覚者だったのだが、赤岩に匿われたのは、脱獄の後だったのだろうか。当時は深い山奥だったに違いないこの土地に、決死の覚悟で国事犯を匿った文明開化の先覚者が存在したことは感動的なことである。島崎藤村の「夜明け前」は、復古に憧れた木曽馬籠宿場の有力者が、維新後文明開化へ向かったのに幻滅して狂死するというストーリーだが、赤岩の湯本家は奥深い山間にあって、欧化を支持していたようである。程なく明治が明けてこの集落は、シルクの対米輸出に沸き立つことになったのだった。 帰路、暮坂峠に向かう路傍に、若山牧水の歌碑が立っていた。
「渓川の真白川原にわれ等いて、うちたたえたり山の紅葉を」 牧水は酒と旅のうちに生涯を終えた人というから、この旅も恐らく雇った馬の上で、瓢箪の酒をちびちび飲みながら行ったのではなかろうか。

           



U.シルク ガボロジー(ゴミ学)
      西陣工房ショップ ぺンステモン

横は絹織物の耳、縦は廃液染めの生糸 同左を縫製したバッグ

京都西陣が長安の栄華をわが国にもたらすべく、千年をかけてわが国のシルク文化を牽引してきたことは、誰でも知っていること。そのなかから1994年、シルク生産の廃材でもう一つのシルク文化をもたらそうと立ち上がったペンステモンの存在も、ようやく広く世間に認められるようになってきた。千年捨ててきたものから生まれる新しい輝き。その紹介を、ペンステモン自身に語ってもらおう。
「ペンステモンは自然の恵みを大切にし、捨て去られようとする物を蘇らせるエコロジー商品の開発に喜びを感じています。創る人、使う人たちのコミュニケーションを通じて、地球環境にやさしい生き方を提案しています。現在、横糸に絹織物の耳糸を使い、縦糸に残液で染めたシルク素材を使用し、手織で無駄なく織り上げています。商品はすべてオリジナルで美しく長く愛用できる「人と地球に優しい」物創りをめざしています。ガボロジーとは「ゴミ学」という意味で英語のGarbage(あら、ごみ)からきた言葉です。
エコダイニング(廃液染め)とは、染め業を営んでいる工場より出る残液(西陣の場合は90%がシルクの染め)の中に1週間から4週間までつけ込んで染める自然法の染め付けで、その時に流れ出る染料やタンパク質、セリシンなどの量によって一回一回の染まり方が赤みのグレーになったり青みのグレーになったりで付着する程度が異なってきます。時には思いも寄らない風合いやシルキーな感じに染め上げられています。廃液染めと言っても残液ということで決して人体に害を及ぼすものではありません。」 
ガボロジー万歳!
廃液染めのストール 廃液染めの綿


         V.シルク フユーチョロロジー(未来学)   

          

            昆虫学からのメッセージ


津村耕祐のドレス@ 津村耕祐のドレスA
東京コレクションのさなか、スパイラルホールの1階ホールで開かれた津村耕祐のショーを見るために集まった観客は、モデルがまるで巨大な蜘蛛の巣のようなものをまとって歩くのを、ただ唖然として見守った。自分たちが見たものが、これまで世界に存在しなかった不可思議なドレスであり、それが明けていく21世紀へのただならぬ警告を秘めていたことを知ったのは、かなり後のことだった。

これはスパイラルホールが推進してきたランデブープロジェクトの成果発表の一環だった。高い技術と知識を持つ企業、研究者と、自由な立場と柔軟な思考を持つアーティストのコラボレーションによって、新製品のプランを作りあげていこうというのがその趣旨であり、その発表の一つとして津村のショーが行われたのだった。津村が何を語りかけたのかを知るためには、そのコンセプトの根源である東京農業大学の長島孝行助教授に伺わなければならない。そこで早速、首都圏南部丘陵地帯のキャンパスタウン、本厚木に所在する大学を訪ねることにした。
シルク・ポリエステルを溶かすと… 変身した緑のネクタイ 蚕が作った紙
長島助教授のテリトリーは、農学科の資源生物分野だった。人間にとって有用な生物を研究するということなのだろうか。そのなかで助教授は研究室を率いて、特に昆虫との共生を追求しておられた。昆虫などの節足動物は地球上の生物の9割を占め、まだほとんど資源として開発されておらず、その可能性は無限と言っていいといわれる。例えばその研究中の一つに、約二億年前からほとんど形を変えず、わが国の水田にも生きているカブトエビがある。水田の雑草を掘り起こしてしまうボウフラを大量に捕食するその性質を利用すれば、無農薬の米作りにも役立つ。これまで人類は牛、馬、羊などの哺乳類とは密接に連携してきたが、昆虫については養蚕の他は、虫の声を楽しむなど、ささやかな関係しか持ってこなかった。こうした人間と昆虫の連帯によって、新世紀を切り開くというコンセプトを追求するこの研究室のなかで、今特にハイライトを浴びようとしているのが、人類が紀元前から寝食を共にして付き合ってきた蚕との関係を、改めてもう一度根本的に見直そうという挑戦である。絹糸を作り出す昆虫は野蚕を含め10万種をゆうに超すというから、研究領域としても広く深い。そしてこの研究は物好きで進めているのではない。人類の命運がそこにかかっているらしいのである。
 考えてみれば人類は今、その存続が問われるような重大な段階に差し掛かっていると、助教授は強調される。重大な危機は二つある。一つは後70年で石油が枯渇してしまうことである。天然ガスがあるといってもあと百数十年、メタン系のエネルギーも数百年で枯渇する。他方、世界人口の恐るべき増大がある。20世紀だけで4倍に増え、60億人に達した人口が、今後どこまで伸びていくのか。そこに天候異変が追い打ちををかけた時には、全地球の規模で深刻な食糧パニックが発生する。未曾有の繁栄のなかにあって人類は、実は存亡の危機に直面しているのではないか。これに対処しようという学者の問題意識は、2000年1月に行われた浜松市の科学技術フォーラムに結晶し、千年持続学会の設立が動き出した。長島氏はその熱心な推進者の一人であり、彼のシルク研究はその課題に直結している。
蚕の紫外線汚染(左上だけが繭で保護されていた) ウガンダの巨大繭・クリキュラ

面設定されている課題は、繊維のリサイクルである。永く使う。古着の流通を促進する。ボロを利用する。すべて好ましいことだ。しかしそのリサイクルに当たってエネルギーを消費することは極力避けなければならない。そうでなければエネルギー消費を抑えることにはならないからだ。たとえばポリエステルをペットボトルに再生することは、そのリサイクルのためにエネルギー消費を伴うから、十分な対策とはいえない。その点シルクには極めて有利な性質がある。塩化カルシウムというごく平凡な薬品で、簡単に溶けてしまうのである。シルクが、簡単な薬品で素晴らしい好ましい結果を生み出す例には、この他にたとえば塩縮加工がある。摂氏80度の硝酸ナトリウム、あるいは塩化ナトリウムに1分ほど浸けるだけで面白い収縮がもたらされる。合繊はそうはいかない。シルクとポリエステルを合わせた繊維を塩化カルシウムに浸けてみたら、溶けたシルクのフィルムにポリエステルの繊維が溶けずに浮かび上がっていた。溶けたシルクは簡単に様々なものに利用できる。例えば緑のネクタイの変身を示した写真がそれを雄弁に物語っている。またそれは飲料にもなる。

蚕から糸を採るのではなく、シルクフィルムを作ってしまう新潟朝日農協の試みも、蚕が想像以上に優れたクラフトマンであることを教えている。蚕が繭を作る時角度を少しずつ変えていくと、平面に糸を吹き出して紙状の物になり、工芸材料になる。しかし繭が紫外線をカットする機能を持っていることは、もっと本質的な能力である。繭に紫外線を照射してもなかの蛹はその影響を受けないが、繭を剥がして紫外線を当てると、成虫にはなるが、紫外線の障害を無惨に受けてしまうことは、写真の示す通りである。このように蚕は紫外線をカットする機能を持っている。したがって蚕から採るシルクも、当然にその性質を継承することになる。このうち家蚕のシルクは、日焼けはするが、癌化する危険のある部分はカットする。野蚕は癌化と日焼けの双方をカットする。津村のコレクションは、シルク・ポリエステル交織を塩化カルシウムで溶かしたり、蚕が平面に繭を作ったりする実験をアパレルデザインのなかに例示したものだったのである。   
このように優れた機能をもつ蚕のなかで、われわれ人類が利用しているのは家蚕と若干の野蚕に過ぎない。しかし10万種あるというこの昆虫が、他にどのような恩恵を人類に与えてくれるのかという研究は、まだ始まったばかりなのだ。たとえばアフリカ、ウガンダのクリキュラというような巨大種は、一体どんな恩恵を人類にもたらしてくれるのだろうか。このような研究は、豊かな自然のなかにある発展途上国の現場における研究と、その高度利用を開発する先進国の努力という、地球的な規模の協力関係によって推進されていくのだろう。虫が好かないという表現があるが、虫と人間が新しい友情で結ばれる日が来るかどうかに、新世紀、新ミレニアムの命運がかかっているようなのだ。シルクはノスタルジーであるだけではなく、途方もない遠くを展望する未来学でもあるのだ。(toppageへ)

       
繭から作った飲料@ 繭から作った飲料A


W.シルク エコノミー(経済学) 
   
   テキスタイル・クリエーション・シリーズ(ギャップ・ジャパンより)

                 @シルク総論 A西陣 Bカネボウ C富士吉田              

 


  

筆者は、ギャップ・ジャパン誌の依頼により、1990年春から特集・テキスタイルクリエーションを執筆した。幸い、大きな反響を呼び、特に全国のテキスタイル産地から熱い支持を受けた。最初から何号続けるか決めていたわけではないのだが、これだけ期待されているなら、テキスタイルクリエーションの全ジャンルをひとわたりやろうということになり、このシリーズは1995年まで6年間にわたって連載された。一応の完結の後、単行本として出版してほしいという要望が強く、有力な出版社2社に検討していただいたのだが、かなり厚いものになるのに加えて写真も多く、廉価なものにはなり得ない。その上この企画は読者に限りがあって採算のめどが容易に立たない。そうこうしているうちに不況に突入、今なお出版の見通しはない。
わが国のテキスタイルクリエーションは、1980年代に現代的な体質を身に付けるようになったのだが、90年代前半はそれが絢爛と開花した時期に当たり、その後新しいものは次々に登場したにしても、その基調は持続している。したがって世界に特異な地歩を占めているわが国のファッションテキスタイルの全体を総覧する上で、今なおこのシリーズは十分に有効なガイドになっていると信じるし、世界に類書は存在しない。何とかまとめる方法はないものか。フロッピーディスクによる電子出版という方法もあるかも知れないと模索しているので、是非とも皆様のお知恵とお力をいただきたと熱望している。
         今回はそのシリーズのなかから、シルクにかかわるなかの4篇をご披露して、ご参考に供することにした。


U.天然繊維篇A動物系
1.[シルク@]

残照に映える二千年の憧憬
絹の国のシルクいまいずこ

邪馬台国も織っていた


わが国にとってシルクは、テキスタイルデザイン以上の存在だった。それは日本人にとって、権威の源泉であり、文化の象徴であり、繁栄の形式だった。
 そもそもそれが、隣の超大国中国の、しかも日本にほど近い山東地方に生まれ、黄河流域に広がったという経緯は、日本人とこの糸との宿命的な因縁を感じさせる。
 中国における生糸の発生は、2千3百年前までが確認されている。西暦前1世紀の漢の時代には綾、錦も織って、この古代織物はすでに一つの成熟期に到達しており、その名声は遠くヨーロッパにも聞こえていたというから、その歴史の古さに驚く。
 そういうわけだから、中国文明圏に属する日本が絹を織り始めたのも、神話の時代まで遡る。弥生時代に山東地方から北九州に移住してきた人たちがいたことを、最近の研究が明らかにしていることと照らし合わせてみると、あるいはそんな浸透のルートもあったかもしれない。
 日本の原点である邪馬台国の存在を初めて文
書に記録した魏志倭人伝には、女王の卑弥乎が中
国に班布、つまり縞の絹織物を献上したと記されている。奈良県天理市にある3世紀末の下池山古墳で発見された絹織物は、古代日本シルクの見事さを垣間見せた。漆の箱に収められた銅鏡を包んでいたのは、縦縞の平絹、茶色平絹2枚、絹綿、兎毛の毛織物による5層の袋で、その縦縞は藍、黄緑、茶の先染糸で織られている。この縦縞は、
日本書記の注釈書、釈日本紀に青筋の布と記載されている倭文ではないかという。
 
 国の形も定かではない古代から、倭国独特の文様を意味する倭文の絹を織ってきたこの国の皇室が、いまなお養蚕の古式を行事として守っていることのなかにも、この国とこの糸とのただならぬ縁が物語られている。民間が古い絹織物を復元する折に、いまも小石丸という古い蚕種を皇室から分けていただいているのも床しいことだ。

絹あってこその日本

 2千年近い日本の歴史は、より優れた生糸と絹織物を実現するという、たゆまぬ学習の道程だった。遣唐使の船は、仏教の教典とともに、絹の技法を伝えただろうし、明代の金襴緞子綾錦は、シルクテキスタイルの最高の表現を日本にもたらした。その技法は西陣に蓄積され、それは千二百年の古都の文化的権威を支えた。
 こういう次第だから、室町時代から安土桃山時代にかけて、採鉱冶金の発展によって世界有数の資産国になった日本が、世界最高の中国生糸、絹織物とその技法の習得に、大金を惜しげもなく投入したのは当然の成り行きだった。1530年代末に日本が中国生糸購入に使った銀は、当時の世界産銀の3、4割に達したといわれ、それは当時の2国間貿易の最高記録だったと推定されている。
 明が鎖国し、日本の産銀が枯渇するにつれて、最高の生糸と絹織物をめざして中国と西陣に挑戦しようという全国競争が、各藩の産業振興政策を背景に推進される。そのなかに勃興した産地としてあげられる桐生、加賀、越前、近江、丹後、甲斐、福島の名を見ると、いまに至るまで繊維生産の中核になっている産地体系の多くが、このシルクへの情熱に起因していたことがうかがわれる。
 シルクがなかったら、日本の近代化はおろか、国の存立すらどうなっていたか判らない。明治の開港以来、生糸、絹織物の輸出は、国民経済に欠くことのできぬ資金の源泉だった。またこれ無くして、日露戦争の戦費も賄えなかったのではなかろうか。いや敗戦の手傷を癒し、高度成長への糸口を掴むためにも、それは必要不可欠だった。世界に冠たる合繊開発も、シルクへの2千年の憧憬無しには考えられないことだった。

戦後シルク政策の末路

それを思うにつけ、現在わが国のシルク産業の衰退には、ただ呆然とするばかり。日本経済の発展にともなう生産コストの上昇と円貨の値上がりは、日本のシルクの国際競争力を微塵に砕いてしまった。他国に需要のないキモノ織物はともかく、他国と競合する洋装織物の苦境は、見るも無惨である。
 しかし何も輸出だけが産業の使命ではない。また糸から製品までの一貫生産も、産業の唯一の形式ではない。生糸を海外から買い、あるいは製糸を海外移転し、製織も海外、国産を使い分けていくという国際化政策を巧みに運用していくなら、日本の高度のシルク表現は海外製品に対抗することができるし、輸出も不可能ではないはずである。
 現にイタリアはシルク製品輸入をコントロールしながら、順調にシルク生産の国際化を進めている。
 それをわが国では、シルク製品は完全自由化して、その洪水のような流入は放置しながら、一方それに対抗しようとする、糸、絹織物の輸入や国際化については、手も足も出ないように統制し、産業の存立すら危ぶまれる状況を作り出したしまった。
 信じられないようなこの政策は、農民票欲しさに、何よりも養蚕農家の利益を守るという意図から生まれた。しかもそれは、養蚕すら衰亡に陥れてしまった。

インポーターの一人勝ち

 繭、生糸の貿易自由化が、農産物のトップを切って87年に行われたころには、政府には国際化によるシルク産業活性化の見取り図が存在していたように思われる。ところがこの結果、安い中国生糸が雪崩のように流入するに及んで、自民党蚕糸懇話会が中心になって、蚕糸事業団による一元輸入という、国営貿易体制を作ってしまい、養蚕農家中心の政策を確立してしまう。
 やがてウルグァイラウンド合意によって、この管理貿易は関税一本にしぼられていくのだが、キロ当たり8千円という高率関税では事実上の禁輸に近く、しかも事業団は糸価維持の買い入れ枠をもっており、96年4月に行われた介入では連日のストップ高、一気に6割も値上がりした。この糸値では、マーケットに氾濫するインポートシルクに対して、手も足も出ない。
 それではせめて海外で製糸、製織してもらい、国内で加工して、日本ならではの意匠、質感を実現しようと志しても、絹織物輸入は割当制で、その枠は78年対比95年で42%にまで縮小されており、しかもシルクを扱わない業者が枠の7割を握っていては、この手もままならない。
 それではこの政策によって養蚕事業は潤っているのかと思えば、まったくそうではない。戦後直後には百万戸近くあった養蚕農家は95年には1万4千戸に減り、販売蚕量は、ピーク68年の12万トンから5千トンまで落ちている。年産50億円という事実上の壊滅状態に対して、いまなお80億円の保護費が投入されている。このように戦後日本のシルク政策は、養蚕、製糸、製織、製品のいずれの利益にもならず、インポーター一人勝ちという状態を生み出してしまった。
 21世紀初頭には完全自由化することになっているが、この政策では、日本のシルク産業が果たして、新世紀の陽の目を見ることができるかどうか疑わしい。そのような政策不況のなかに、それでもシルククリエーションに情熱を燃やし続けけているそこここの産地を歩いてみた。

     2.[シルクA]


古い言葉で歌う新しい詩とは

 西陣の21世紀を予感させる布たち


京都は奥が深いということ


 自分がねらう企画を実現してくれる装置とアーティザンを求めて、全国を股にかけて駆け巡る東京のミニコンバーター、アシュ・ペイルの吉田隆之は、京都は奥が深いですと、いまさらのように言う。
1995年に建都1200年を迎えた京都は、つい120数年前まで日本の首都だったところ。美術工芸一つとっても、10世紀を超えて日本文化をリードしてきた。いまさら深いのどうのは片腹痛いと京都人はいうだろう。テキスタイルにしたところで、京友禅と西陣織が日本テキスタイルデザイン伝統の頂点だくらいは、子供でも承知している。
 しかし吉田を感動させているのは、そのような美術館目録に類することではない。京都が長期にわたってありとあらゆるデザインに挑戦してきたなかで、こんなことまでできるのかという、技法の数々を蓄積してきた。通常そういう特殊な能力は、問屋の指示で生産工程を手配する些皆屋の手で掬い上げられ、まとめられきた。外からは容易に分からない、長屋の奥に潜んでいるそのような特別な技法を、折に触れてそこここに見出した感動を、吉田は語っていたのである。
その一例として、一度ミヤタケを訪ねてごらんなさいと勧められていた。行ってみたら何のことはない、ここまた、三宅・皆川ラインが年来取り組んできたメーカーだったことが判った。毎度のことながら、彼らのテキスタイル開発の執念には、頭が下がる。


先鋒を貫いた歴史

ミヤタケのオフィスの脇に、「山名宗全邸跡」の石碑があるのに驚いた。宗全といえば、15世紀後半、室町時代、将軍足利義政を継ぐ家督相続をめぐって勃発した応仁の乱で、西軍の中心として、東軍の細川勝元と激しく争った武将だったことは、義政夫人、日野富子を扱ったNHK大河ドラマを見た人なら、よく覚えているはず。西陣という地名は、その西軍の陣があったところからくる。ミヤタケは、まさに「西陣」そのものに陣取っていた。所在町名も山名町とある。
 平安遷都とともに、日本の織物生産の中心に定められたここ西陣は、遡れば中国織物技術を伝来した太秦の秦氏につながる。江戸初期には中国、
明の技法、デザインを導入して、金襴、唐織、錦などの当時世界最高の織物を生産し、明治に入ってからは、西欧技法導入の先鋒として、ジャカード織にも先駆した。丹後、長浜、桐生、足利、八王子、米沢など、日本産地のすべてはこの西陣に学び、それを超えようと努力を傾けてきてこそ、現代日本の繊維産業があるのだから、いまその伝統の停滞にどう苦しんでいようとも、日本テキスタイルデザインの源流としての歴史的事実は小ゆるぎもしない。

アーティザンの仲介として

そうかといってミヤタケは、その本流を継承しているわけではない。大正8年に帯地生産をここで始め、モガモボ台頭の昭和8年にネクタイ製造に転換、いまなお西陣の精緻な製織技法を駆使して、国産高級ネクタイの最右翼に位置する。その技量は、この円高にも関わらず、一流ネクタイ卸の朝倉を通じて、対米輸出されていることにも立証されている。
 ところでネクタイは、織り50p四方で2本、染め1m四方で4本取れ、ミニマムロットは存在しないというから、短サイクル小ロットの雄でもあるだろう。 戦後、ストール、ショールも手掛け、80年代初頭から洋装生地にも乗り出した。87年に丹後織物産地の中心、加悦町に工場を移転、現在レピア14台、ジャカード装置をもち、出機含め7、80台体制という。
 服地に進出したについては、三宅一生との縁があった。社長、宮竹宏太郎の妻欣子と、三宅デザイン事務所副社長の小室知子は10代のころからの友人で、そこから同じ京都出身の皆川魔鬼子とつながっていった。一生にすればミヤタケは、京都のなかに秘められている技法の数々を引き出す重要なパイプになり、ミヤタケにすれば、思いもよらなかった現代クリエーションに、引き寄せられていくことになった。一生が求める技法のすべてをミヤタケがもっているわけではなかったから、ミヤタケは京都の未知の能力を一生に結び付けるコンバーターとしての役割をも果たすことになり、ミヤタケに依頼された京都のアーティザンは、次第に一生の世界を理解するようになり、パリコレクションのステージにアッピールされる彼らの素材を、克明に配られる一生の写真で見るなかに、そこに浮上するもう一つの未知の京都を感じ取るようになった。
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組絣と頭刷りという古法


 ミヤタケと、それとネットワークを組む京都、丹後などのプロ集団が、一生らの感性と触発し合うなかで、どのような布が生まれてくるのか。
 まず「組絣」を見よう。それは一見、「ほぐし」、ワーププリントに見えるがそうではない。ほぐしは整経された経糸に捺染し、後から緯糸を打ち込んで織る技法だが、組絣は経糸の一本一本をあらかじめデザインに基づいて糸染しておき、整経の段階で、経糸をずらして図案を作り上げる。あとから緯糸を打ち込むのはほぐしと同様だが、糸が芯まで染まっているので、ほぐしにはない先染の力強さが生まれる。縞を斜めに切ってずらし、ささくれた味を出したものには、裂帛の気迫がある。
緯糸に強撚糸を打つと布は収縮し、絞りの味になる。丹後で織った綿とモダン感覚との力強い出逢い。
 「頭刷り」も、これまでになかった独特のカジ
ュアル感覚を引き出す。荒い糸使いの平織を浸染した後、表面に浅く無地を捺染する。糊の調子で糸目の頭だけが染まり、ざらついた表情が生まれる。ワッシャーをかけたデニムに似ているが、ワッシャーでは糸目の頭の染料が落ちるのに対して、頭刷りは頭だけが染まる。いってみればネガとポジの差になる。日本伝統技法ならではの、もう一つのジーンズ感覚。

蒟蒻加工・扁平糸・スポンジ染

 蒟蒻糊加工も、日本伝統技法ならではの繊細優雅なカジュアル演出ではあるまいか。糸を蒟蒻のペーストに浸け、アルカリで定着する。糸の強度が増すと同時に、絹紡スラブ糸のような糸も織りやすくなる。整理しても蒟蒻は落ちない。たとえばスラブの絹紡と綿の交織にこの加工を施した時、ほど好い張りと透け感のなかにスラブの味が利いてくる渋い風情は、日本の古都の夏ならではのものではないか。洋装のなかにこの味を活かすのは、かなりの難問だろう。
 糸3本を引き揃えて潰した扁平糸を主役に、緯糸を端役に使ったストールは、糸デザイン主体の独特の世界を作り出す。さらに綿双糸を緯糸に使って二重織すると、そこに他に類を見ないようなジャケット地が誕生する。
 一方、京の絹ならではの精緻な技法を駆使した一例を、30デニールのオーガンジーに見ることができる。この細い糸をセリチンのついたままに織り、後でセリチンを落として減量し、よれよれになった布をさらに引っ掻いて荒らす。


そのストールの感6.[シルクE]


紡績界デザイン開発の明星はいま

切望される鐘紡伝統の復活


ずっしり重い課題を担って


 鐘紡は、日本洋装シルクの名門中の名門だった。かってそのシルクプリントは、世界に感動をもって受け入れられ、それは併せて、プリントを中心とする日本のテキスタイルデザインを育てる上で、大きな功績を遺した。そこから、日本のテキスタイルクリエーションの有力なリーダー、松井忠郎、粟辻博が輩出したことからだけでも、その歴史的役割を偲ぶことができる。           しかしいまその鐘紡は、日本シルクの失速に適切に対応できず、混迷のなかに新生の道を模索している。そのなかでその新商品開発部の設置には、鐘紡クリエーションの蘇生を求める祈りがこめられていた。
 この部門は、合繊業界の宣伝分野で高名だった東レの遠入昇が、鐘紡入りした80年代初頭に、伊藤会長のバックアップのもとに生まれ、その後急死した内山清尭とのコンビで推進されてきた。
 各糸部門ごとに分断されがちな商品開発を統合し、勃興してきたデザイナーブランド向けの素材開発にも対応して、デザイナーやアパレルへ直接供給するという野心的な構図だった。
 併せて、ともすればこれまで、図案に限局されがちだった活動を、織物編物の幅広いアパレル素材企画に広げ、これまでのシルク中心から、鐘紡が直接生産するシルク、コットン、ナイロン、ポリエステル、アクリルの6大素材全体に拡大するという構図が描かれていた。さらに当初打ち出されたテクノクラフト企画によれば、これに芭蕉、パイナップル、和紙、ガラ紡、ハーブ染、香り染「エスプリ・ド・フレール」なども加わり、古典から先端まで、何でもござれの総力戦に展開していた。
 このような企画デザイン政策が、これまでの糸売りに生きてきた紡績業者の体質から、総合的テキスタイルメーカーへの脱皮を目指すという新経営戦略に発しているとすれば、開発部門にかけられた期待には、ずっしりと重いものがあった。

正統派もアバンギャルドも

 東京コレクションから見た鐘紡の新商品開発には、神出鬼没の感があった。たとえば三宅一生のキルトコートの、布の縁が鋭く輝くシャンブレが鐘紡素材だったかと思えば、山本寛斎の卒業生、岩男将史のデビューショーをいろどっていた自由奔放なアバンギャルド素材も、鐘紡のものだったりしていた。
一方欧米でも、鐘紡企画は光っていた。シルクプリントの伝統的名声はいまさらいうまでもないが、たとえば鐘紡の新合繊ピーチスキンはヨーロッパでロングセラーを続け、鐘紡を意味するベルセダ・ピーチスキンのタグを付けたコート、ブルゾンは、毎シーズン50万着を売るといった成功をおさめた。 このような格調のある織物を売るメーカーが、その半面、錬金術師の釜から出てきたような前衛を同時に手掛けるなどということは、欧米はもとよりわが国でも、絶えて見ない光景だろう。このような在り方のなかに、旧紡績体質を乗り越えようとする同社の、息詰まるばかりの気迫が感じられた。

倉庫の試作が物語るもの

 企画陣容も型破りの感があった。たとえば実験的な企画に取り組む樋口加奈子は桑沢の出身、特にテキスタイルに関する学歴はなく、産地メーカーとの取り組みのなかで、独特の発想とノーハウを身に付けていった。その活躍には、三井物産系の企画会社ミス・ファブリックの鬼沢辰夫のバックアップが、大きな役割を果たしていた。
 指揮を取る部長の小野啓は、慶応閥といわれる鐘紡のなかで、早稲田理工出身のエンジニア。これまた大学で繊維を学んだことはなく、鐘紡染色の中核、長浜工場在勤中の失敗と成功のなかで、繊維開発の在り方を身に付けてきた。彼は樋口を自由に走らせ、数多い試作のなかから、量につながるものを育てていこうとした。           こうして生み出される試作は年間300点。挑戦の塊のような試作は、デザイナーやアパレルとの企画協議の叩き台になり、ついに陽の目をみないで試作倉庫入りしたものは、新進デザイナーや学生に提供された。このような破格の人事と不敵な企画のなかに、古い殻を突き破ろうとする老舗の、必死の思いが漲っていた。

正統派技術を駆使して

鐘紡の新商品開発には、いわば正統派技術を駆使したものと、技法の意外な使い回しから生まれたグループの二つに大別される。
 一生のキルトコートに使われたシャンブレは、正統派技術の結晶による。春夏にはナイロンとコットン、秋冬にはナイロンとウールが交織され、使用する透明度の高いナイロンが、布の縁の鋭い発色をもたらす。
 ピュアブライトと呼ばれるこのナイロンは、ミラコスモと命名して注目を浴びた東レのものと同種の糸なのだが、宣伝下手な鐘紡は、この分野では後発だった東レに、お株を取られてしまった。
ステンレスを蒸着したポリエステル織物も、ハイテク駆使の正統派。この蒸着は、高密度のプラズマ放電のなかで、イオン化したアルゴンガスの高エネルギーが、金属を分子、または原子状に叩き出して、布に付着させるという、スパッタリングと呼ばれるハイテク技術で、蒲郡の鈴寅の加工による。この素材は細川伸が先に使って注目を浴びたが、山本寛斎のアシスタントだった岩男将史は、これをむら染したものを取り上げた。
太い、弾性値の高いスパンデックス糸を包帯メーカーに織ってもらった、いわゆるホータイ・ストレッチは、ニコル、白浜利司子が使った。ナイロン・コットン二重織の縮絨加工、加熱で変色するインク、ダイサーモを使って染めたコミックレリーフなど、コシノヒロコが使った素材も、この系列に属する。

意外なアレンジの新鮮さ


これらに対して、技法の意外な使い回しによるものものもある。たとえば蜘蛛の巣織という、シーツのバスケット織に使われる技法で強撚糸を織り、強撚のよじれを活かしたアイデア。これは寛斎、ニコルに採用された。同じ技法で非強撚糸を織ったものは、耀司が使った。さらにウール、ナイロン、麻をからみ織りした上で経糸を溶かし、強撚糸を浮き出させた、いわゆる蜘蛛の巣ネットは、浜松の漁網メーカーが織り、岩男が使った。
 特に難しい技法ではないのだが、一寸したアイデアを加えて、意外な効果が生まれたものもある。たとえば羽根入りオーガンディー。シルク、またはポリエステルの二重織だが、糸が交差する前にそのつど、袋状になった布に羽根を挿入していく。 日常的に使われるオパール加工も、使い方で意外な効果が生まれるという例を二つ。一つはコットンとウールのボンディング織物で、コットン側を丸くオパールで抜くと、裏地の色がドットプリントのように浮き出してくる。細川伸が一枚仕立てのジャケットに使った。
 もう一つは、ウール地にレーヨンプリントをキルトし、柄以外の部分をオパールで抜くと、柄を貼り付けたような効果になる。桜井園子が使った。
 古いキモノの型を使って、数十万円もする型代を節約しながら、ノスタルジックな味を出した趣向もあった。一つは、麻織物にキモノの襦袢型をエンボスしたもの。他の一つは、シルク麻の織物に、古い波筬を使ってからみ織したもの。楽しいカジュアルな出来映えで、どこかに娘の樋口がおばあさんの時代を懐かしむ風情があり、パーソナルな味が出ていた。

糸と造型の微妙な関係

東京ファッションデザイナー協議会が、新人の活動を助けるために始めた池袋のアネックスのなかに登場した岩男と、その素材を担当した樋口のヤングコンビは、若々しい、時には向こう見ずの企画で注目された。
 時あたかもコム・デ・ギャルソンが提起した、風のように軽いドレスが、衝撃をもって受け入れられていたが、同様の路線をフォローしながら、ベテランとヤングには大きな隔たりがあった。
 何より違うのが、川久保・松下コンビがあらゆる雑音を排して、自己のテーストを練り上げ、磨き込んで行くのに対して、このヤングコンビは、あらゆる情報を貪欲に摂取し、ポリエステル、ナイロン、レーヨン、シルク、コットン、ウール、スパンデックス、水溶性ビニロンから和紙糸に至るまで、複合時代を喜々と享受していたことである。
 ところでこの複合オンパレードを構成していく彼らの方法論は、ちょっとユニークなものだった。それは、織り方とか整理とかいうディテールの課題は二の次として、まず第一に服全体が物語る造型的質感を構想し、一方それらを構成する原点としての糸それ自身に注目するという、両極から素材を考えていった点にある。
 今期の彼らのテーマは花だった。しかし色は白とその輝きに絞られ、プリントも使っていないとすれば、その花の表現は、造型的質感的表情に限定される。たとえば、アマリリスは輝くランダムなドット、葉鶏頭は皺とよじれをともなう透明さ、薊はイライラするトゲと起毛、霞草は白くフアフアした感触、紫陽花は四角の花びら、苦瓜は触ると意外に柔らかいイライラ、八重桜は仰げば幾重にも重なる型といった調子。
このなかで糸は本来、造型の構成要素としての役割をになうのだが、寛容な彼らは今回、その糸が組織に反逆して、糸自身の個性を押し出すのを奨励してしまった。
 たとえば水溶性ビニロンの緯糸を溶かしたあとの光るナイロン経糸は、毛羽立ちながらドレスの裾を覆う。レーヨン・ウールのドレスを叩いて、ウール糸を毛羽立たせ、シルク・ウールのドレスを揉んで、糸をスリットさせる。シルクとナイロンの二重織りを洗って、スリットを起こさせる。このようにして、自立する糸自身を着てもらいたいと考えた。このことは必然的に、製品にしてからの後加工をふやすことになったのだが、ヤングコンビならではの元気一杯の挑戦だった。触は、絹以外にはない優雅高貴なもの。悔しかったらこれでドレスを作って見ろと挑戦しているかのようだ。
 京の染も、ミヤタケでは、まったく新しい表情を帯びる。たとえばそのスポンジ染の、こっくりと滲んだ多段多色を、誰が京ならではのものと見極めるだろうか。柄が重層して載ってくる臈纈、高僧の水墨を思わせる激しい気迫のこもった絞りやその製品染。
 このような京のプロの技法と、一生などのコンテンポラリーな感覚との接点に立ってプロデュースしているのは、服地マフラー部主任の30代、水野勝博。テキスタイルとは無縁のコンピュータ学院を卒業した後、西陣に入り込んでまだ10年立たない。若くからファッションに親しんだ世代なればこそ、ぶっつけ本番で勘よく仕事をこなしてきたのだろうが、それにしてもそのようなことが可能になったのも、新しい明日を模索する西陣のプロの技法と、そこに吹き付けてきた新しい時代の風あればこそなのだろう。


          .[シルクB]


甲斐路にきらめく糸の宝玉

先染絹は織物の女王


山すそに輝き出るもの

 富士吉田市は、富士山の北麓にあり、五湖の一つ、河口湖の湖畔にある。このような形容は当然、華麗なリゾートを連想させるが、この産地が所在する一帯は、ともすれば見過ごしてしまうような、控えめな街道の町。そこは江戸時代以来、羽織の
はうら
裏地、羽裏の産地だった。羽裏に凝るのは、通人の誇りだったとはいえ、所詮、目立たない脇役の宿命を背負っていた。
そこはいま産出する数多くの製品のうち、ネクタイ地、洋傘地、座布団地、服裏地については、
全国を主導する地歩にあるというが、日本の絹織物を代表する一角というには産地規模は小さく、業績も上り坂にあるとはいえない。       それなのにどうだ。そこに生まれる先染絹織物の凛乎とした気品。ルビー、サファイア、真珠と肩を並べる輝き。ここ山梨県は、水晶を中心にするジュエリーデザインの産地であり、ワインの産
かいき
地でもあるが、この現代の甲斐絹は、その宝玉の光輝と葡萄酒の芳醇を兼ね備えているといっても、過言ではない。パリ・オートクチュールの最長老がこれに驚嘆し、これにハイライトを当てたのは、いわば当然の成り行きだったのである。

若者は何に賭けたか

 産地の要めになっている富士織物整染の社長、戸沢重人(故人)は、かって旭化成にあって、そのマーケッターとしての名声は、全国業界に知られていた。その彼との初対面の開口一番は、いささか刺激的だった。
 「この産地の特色の第一は、若い後継者が多いこと、その素質が良いこと、仲が良いこと、開発熱心なこと。楽しみな産地です。」通常どの産地を訪ねても、ため息まじりの異口同音は、後継者不足である。それを彼は、顔色一つ変えないで、その逆をいう。
 ではこの産地は、それほどまでに景気がいいのか。75年対比90年で、生産量は45%減、生産額で25%減。聞いただけで、ここから僅か1時間半の東京へ逃げ出したくなる。
 若い後継者がめざしているのが、数字でないことは、あまりにも明らかだ。それでは彼らに、生涯を賭けてもいいと思わせた挑戦とは何だったのか。その答えは、彼らが共同でその開発に取り組んだ、先染絹織物が放つ高貴な光芒である。
 

一代限りの美しさ求めて

 日本は世界最高のシルク消費国であり、その8割がキモノ向けということはいささか寂しいにしても、日本人が古来、絹に寄せていた思い入れは、尋常ではなかった。優れた生糸、絹織物の生産でも、世界の群を抜いていた。それにも関わらず政策の誤りから、存亡の危機に立たされている事情は前述した。その誤りを正さなければわが国のシルクルネッサンスはあり得ないのだが、坂道を駆け下りるような転落のなかで、ピカリと光る糸開発があったことに触れなければ、片手落ちになるだろう。蚕糸昆虫農業技術研究所と業界が手を結ぶハイブリッドシルクは、高価で営業に適合しなかったのは残念だったが、その美しさは目を見張るものがあった。富士吉田は、この作戦の尖兵として注目を浴びた。
88年春に結成された山梨織物産地ハイブリッドシルク研究会がそれだ。戸沢社長が蝶理と組んで産地業界を結集し、富士工業技術センターの県機関を先頭に農林省系の蚕糸研究機関が加わり、全国トップ水準のコンバーター、アパレル、学識経験者がバックアップする布陣は、もはやローカル名組織とはいえないものだった。
 一口にハイブリッドシルクといっても、その糸種類と製品は多様で、ナイロンやアクリルフィラメントを軸に生糸を交絡させたり、引き揃えたりして、両者の長所を引き出すものが多い。しかし富士吉田の先染織物が主として取り組んだのは、それらとは異なる「あけぼの」と呼ばれているもの。
 異なった種の親の交配によって、両者の長所を兼ね備える新種を、一代限り実現するという、はかなくも美しい繭なのである。そこから引き出されてくる糸は、従来品種の3分の2の太さの2デニール、世界一細くて長く、むらの少ない蚕糸。



一つの植物の無限大の色数

 富士吉田の先染絹の美しさのもう一つの秘密は、富士吉田工業技術センターが開発した、草木染糸の豊かなカラーバラエティにある。しかもそれは
へんげ
一つの草木が、工程の差によって数十色に変化するマジック。たとえば富士裾野固有の桜、フジサクラは60色、アカネは30色、蓬、葡萄、白桃はそれぞれ15色。これもとりあえずマーチャンダイジングの観点から限定した色数で、理論的には無限大の色数が可能なのだという。
アカネの場合の染色方法は、その根から抽出したアントラキノンを、化学染料の溶解剤で染めるのだが、水に糸を入れて煮沸する、湯からゆっくり温める、酸性、あるいはアルカリの成分を溶解剤に使うなどの工程で、温度の上がり方、煮沸の時間、成分差で色変化が現れ、さらにそれを媒染する折に使う酢酸鉄、硫酸第一鉄、仮明礬、酢酸銅の各媒染剤とその濃度で、多様な色が出現する。さらに順序を逆にして、媒染剤に漬けてから煮沸すると、まったく異なった色になる。
このようなカラーバラエティを生む技法は、それ自身取り立てて珍しいものではないというが、それを科学的な処理によって、一定の生産性を実現したという工業的視点では画期的な業績で、このことによって富士の先染は、人類がこれまで知らなかった、豊かな自然の歌を歌うことになった。

甲斐の秘法を凝縮

富士の先染の奥の手はまだまだある。その一つが独特のメタル加工だ。産地が工夫した装置を使って、染めた糸に粉末樹脂をランダムに付着させる。甲州テキスタイルセンターが推進するこの技法によって、先染絹織物に星空が浮かび上がり、交錯する経緯の生糸の輝きとハーモニーを奏でることになる。
 さらに驚かされるのは、無段階の濃淡にぼかして染めた糸を使った、先染のぼかし織物だ。あらかじめ織りあげた布を、ぼかし染、むら染することは、さしたる技法ではない。次第に濃度を上げていく糸を、ぼかしに織っていくことは、計算と時間と執念を必要とする。
このような技法を駆使して、速度の遅いフライシャトル織機で高密度に丹念に織り上げ、この産地特有の濡れ巻き、つまり生乾きの状態で整理する。しかもそれらが小量生産だとすれば、往々にしてそれは、着分百万円を超すものになる。呉服着尺にすれば、さしたる金額ではないのだが、アパレル用ということになれば、簡単に乗り越えられるハードルではない。この価値を世界に問いたい。何よりもパリ・オートクチュールの評価を見定めたい。90年春のハイブリッドシルク研究会のヨーロッパ研修旅行には、そのような期待と不安が渦巻いていた。
戸沢社長の斡旋によって会うことができたパリ・オートクチュールの最長老、カルバン・クロッグ女史の反応は上々だった。彼女は、遥か東海の絹の国が、廉価なシルクの洪水に痛めつけるなかに生み出した、いまだかってない高貴、精緻な絹に出逢っていたのである。それは早速春夏コレクションに採用され、ガリエラ美術館で開かれた秋冬物には、70点の作品中14点に使われ、フィナーレはオペラ座のトップバレリーナに装われた。
パリの優雅は、日本の優雅に拍手を送ったのである。

古典の格式をたたえて

 先染絹織物の美しさは、何よりもシャンブレに結晶しているといっていい。時にはあまりにも薄く繊細で、力弱くさえ見える織物が、風や体のかすかな動きに反応して、経糸と緯糸の異なった色の生み出す色のさざなみが、波紋を描いて、布一面に広がっていく。それが草木染の場合には、それは自然ならではの、優しくも奥深い表情を呼び覚ますのだか、化学染料が醸し出すやや堅めでメカニカルな表情も捨て難く、植物に対比される鉱物という、もう一つの自然を顕現させる。
さらに綾、シャンタンは、この先染技法がもつ古代、中世以来の古典の格式を思い出させ、ジャカード、ふくれジャカード、さらにその金銀糸使いは、宮廷の栄華をいまに蘇らせる。勿論その柄行きを変え、レーヨンやウール、風通糸、絹紡糸などを自在に使い回す時には、シャープでパンチのきいたコンテンポラリーな表現が出現するのだが、それはちょうどエレキバイオリンに似て、表現の底にある、先染絹が本来もっている優雅でクラシックな体質は、失われることがない。
 先染絹を論じることは、恐らく繊維美学の最も通な議論になる。手に取るだけで興奮を禁じ得ないこんな織物が、首都圏外延の程近いところに今日も織られ続けているとは、さすがわが国は、永く深い伝統を育む、世界第一等の絹の国である。


そのようなこともあり、取りあえずこのホームページに、本文に関係のあるものをそのつど引用してみることにした。今回は、東北紀行と草木染を取り上げている。その前にご参考までに、このシリーズの構成を列挙しておく。

目次
序説その1 不思議の国を旅して6年
序説その2 80年代クリエーションを振り返る
T.天然繊維篇@植物系
1.[東北]雪割草は強く優しく 東北の手紡ぎ手織り
2.[沖縄]ヤポネシア亜熱帯の文化創造 伝統のなかから歌い出す風土
3.[麻@]文化に染まる草のいぶき 苧麻と亜麻の美学のはざまで
4.[麻A]豪雪の国の雪に抱かれた麻 雪水が風流をはぐくんだ
5.[コットン]90年代ナチュラリズムへの挑戦 21世紀の地平線を展望するコットン

6.[テンセル]新植物繊維テンセルの出現 カントリージェントルマンの優雅
U.天然繊維篇A動物系
1.[シルク@]残照に映える二千年の憧憬 絹の国のシルクいまいずこ
2.[シルクA]古い言葉で歌う新しい詩とは 西陣の21世紀を予感させる布たち
3.[シルクB]甲斐路にきらめく糸の宝玉 先染絹は織物の女王
4.[シルクC]北限鶴岡のシルクと合繊複合 世紀伝統をサバイバル2社で支える
5.[シルクD]ファインゲージ・マジシャンの登場 一生が掘り当てた東北の新鉱脈
6.[シルクE]紡績界デザイン開発の明星はいま 切望される鐘紡伝統の復活
7.[ウール@]遊牧文明をいかに体質化するか ウール尾州が取り組む巨大な課題
8.[ウールA]過激なウール、機能のウール 日本のアイデンティティ求めて
9.[ウールB]目でも触わるウールの質感 ディテールへのこだわりで答える
10.[ウールC]リサイクル紡とファンシー紡を訪ねて スパンに優しい糸作りとは
V.合化繊篇
1.[ポリエステル]世界の頂点、日本の合繊 創造の道に果てはなく
2.[合繊先染] 北陸の反逆児、吉村仙松商店 先染合繊美学の先端に輝く
3.[ナイロン]ナイロン新時代の登場” 姉と妹”の物語
4.[スポーツ]光のように速く鋭く スポーツ素材の美学
5.[レーヨン]ファッションレーヨン新時代の登場 余りにも豊かな表現可能性
6.[複合]北天に輝く複合織物の星・鈴倉 撚糸から後染まで一貫するエスプリ
7.[金属糸]伝統とハイテクが抱擁した 宇宙の糸、メタリックヤーン
W.技法篇
1.[ジャカード@]手織りとコンピュータ 伝統と革新の睦まじい仲
2.[ジャカードA]世界の頂点を行くふくれジャカード 川島織物をはぐくむ洛北の山峡
3.[ジャカードB]桐生に脈打つ「布の鼓動」 紡績・織物の協力ワークショップ
4.[ジャカードC]北天に輝く米沢ジャカード 独立自尊貫く匠の技
5.[コンピュータ]田圃と水とコンピュータと 開けゆくクリエーション新風景
6.[ベルベット]ノスタルジー賛歌・天鵞絨 デザイナー主導の挑戦続く
7.[コーデュロイ]潮騒秘めるベッチン、コーデュロイ カジュアルの星、人生不変の伴侶
8.[ファー]クリエーティブ・ファー 紀ノ川が育てた優しい触覚
9.[プリーツ]プリーツ美学の再発見 光と影の直線が語りかけるもの
10.[刺繍]世界に吼えた桐生の虎 ミシン・コンピュータ・人間
11.[ニードルパンチ]ファッションフェルトとニードルパンチ 織らない布作りの千変万化
12.[横編]素材と造型が合一する横編の特性 ハイテクとクラフトの対立と共存
13.[丸編]隅田河畔のジャージー花叢 カジュアル最前線に咲く 
14.[縦編]ラッセルレースの二つの可能性 産地の男の友情が生み出すもの
X.染色篇
1.[プリント]攻める北陸、守る京都 プリントは時代を描き続ける
2.[スカーフ]明日の水平線見定める模索と挑戦 文明開化1世紀の横浜スカーフ
3.[コンピュータプリント]風雲急を告げるコンピュータプリント 捺染台の消える日は来るのか
4.[転写]転写プリント進化論の軌跡 技術越境の果てに待つものは 
5.[顔料]顔料プリントの豊かな埋蔵資源 石油化学発展のもう一つの顔
6.[ワーププリント]ほぐし進化論を探訪する 大衆の夢に答えた技法はいま
7.[むら染]人間の息使いが描くむら染 必然と偶然の危ういバランス
8.[注染]近代が生んだ日本独特の注染技法 滲みがもたらす生産性の発見
9.[絞り染]ナチュラリズムの潮流に乗る絞り染 古代技法のオリンピックへ
10.[塩縮]…塩縮… シルク新時代の予感 隠されていた名脇役としての才能
11.[手描き染]「手描き染」最古の技法、最新の感覚 名古屋モダンの手練と情熱
12.[藍]ジャパンブルーゾーン・阿波の徳島 併存する伝統藍染とデニム一貫工場
13.[草木染]美しき姉妹、草木染とフローリ・ナトゥラーリ 手を携えて現代ファッションへ
Y.創造篇
1.[松井忠郎]京の雅び、透徹のモダン 不滅の染師、松井忠郎の世界
2.[粟辻博]空間を描き尽くす絵師の衝動 戦後モダンを結実して去る
3.[新井淳一・須藤玲子]世界に羽ばたく新井の創造 脚光を浴びる須藤の叙情
4.[皆川魔鬼子]DCテキスタイルの象徴 古都の贈り物、黒い瞳の魔鬼子
5.[松下弘]わが道一筋、織物研究舎 Les Materiaux de
                  ”Comme de garcon”
6.[鬼沢辰夫]大型コンバーター「ミスファブリック」と 革新テキスタイルの継承者・鬼沢
7.[宮本英治]産地とデザイナー連携の生き証人 モダニズムとナチュラリズムの座標軸
8.[中川原哲治・恵子]カップル・クリエーション K&Tの地球サイズの行動半径
9.[吉田隆之]「縮む」「透ける」「光る」 終点の無いアッシュペイルの旅
10.{インターセクト]東京に根付いたゲルマンと京都 ヨーガン・レールからインターセクトへ
11.[室町織商]古都あえてゼロからのスタート テキスタイルクリエーション新形態
12.[エリアキム・シュピーゲル]プリント黙示録 (Print Apocalypse)
13.[秦泉寺由子、山本篤子、真木千秋]三つのライフスタイル 三つのクリエーション
14.[志村雅久、山本耀司]東京コレクションのスタンダード素材 志村雅久、山本耀司、二つの選択
15.[京都80年代展]80s’ヨーロッパと日本 京都コンテンポラリー・ファブリックス展


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