stage 5
楽洛庵散歩


          散歩目次             (toppageへ

.雑貨時代がやってきたぞ!
b.眼に触れるままにボンジュール
c.ウィーンとロンドン
d.犬も猫もステージへ
e.ギフトに感動
   f.鴎外の故郷・津和野で
g.さようなら高原君

a.雑貨時代がやってきたぞ!
吉田真紀のステーショナリー トロッターのための吉田デザイン トロッターのための吉田デザイン グローブトロッターの新作
靴やハンドバッグ、アクセサリーなどを抜きにして、ファッションスタイルを構成することが不可能なことは誰でも知っていることなのだが、これまでのクリエーションは、ややもすればアパレルにかたより、服飾雑貨デザインに十分なハイライトが当てられないうらみがあった。しかしそのなかで雑貨独自のデザイン活動が、このところようやく目立つようになってきた。靴では前々から際立っていた卑弥呼の粘り強い努力を先頭に、アルフレッド・バーニスターなどのクリエーションが光り始めているが、ここにきてバッグデザインにも見るべき動きが出てきた。
その一つがグローブトロッターによる吉田真紀デザインの起用である。英国のグローブトロッターは、103年の歴史をもつ旅行鞄メーカー。16層に重ねた強靱なファイバーを使って、今なおも手作りで生産されている、知る人ぞ知る英国の老舗で、その名の示すように、百年前に世界旅行のブームを先取りした志は、今なお衰えることを知らない。今回起用された吉田のデザインは、イタリアの高級皮革と伊リモンタ社の高級コットンキャンバスを三層に重ねた素材を使用して、これまでのトロッターに新風を吹き込んだもので、ブリティッシュスピリッツ、イタリアンテクニック、ジャパニーズデザインのトリオで構成されているのだという。
デザイナーの吉田真紀は武蔵野美大工芸工業デザイン科の出身で今40歳、デザイン能力全開の時期を迎えている。美大卒業後稲葉賀恵に師事、さらにタケオ・キクチの小物企画を手掛け、服飾デザイナーの兄に誘われてワールド、さらにはニコルグループのステーショナリーなどの小物雑貨デザインに進出した。このようなDC系の取り組みに始まって松屋、シップスの店頭にも進出するようになる。98年には「M.Y.ブランド」を立て上げるとともに、家具照明にもジャンルを広げた。2000年にはパリのカサボ展に出展、欧米のセレクトショップなどに絶賛され、パリのコレットを始めとする世界展開が始まった。このような内外の活躍がグローブトロッター・ジャパン社長、田窪寿保の目に留まり、今回の取り組みが実現した。その才能への高い評価は、英コンランショップからウシオスペックスまで幅広く世界に広がりつつある。来るべき雑貨デザインブームの明けの明星というべきか
雑貨デザインは永らく陽の目を見なかっただけに、見るべき人材がそこここに隠れているものと考えられる。その一人に若井知尚を上げることができるだろう。彼も吉田と同じ武蔵野美大、生活デザイン科の出身、同大学のファッション教育を推進している小池一子の指導を受けながら服作りに取り組んできた。卒業後、荻窪の原口良子のアトリエで、コスチュームデザイナーを勤め、続いてアパレルのアルファスピンで服作りと共に小物雑貨の企画もまかされた。こうしてキャリアを積みながら、全国350店というわが国最強の体制をもつデリカと契約し、同社企画リーダーの松尾仁之と組んで、efffyというバッグブランドを立ち上げることになった。efffyのeはedit、三つのfは,function,fabric,fashion,yはyouだという。素材はスェーデンのイルムス社を始め、イタリアのリモンタ社、さらには柳宗理と、ハイセンス、ハイグレードの体制だが、併せてこのバッグの大きな特徴であるバケツ風の収納を実現するために、その革加工に隠れた名工の手業を起用している。日本発の世界の一流品といっていい。
efffyのデザイン@ 同右A 同右B

ところでファッション雑貨のなかの最も成熟したジャンルとして、スカーフ、ショールなどの織物デザインを上げることができるだろう。これは、わが国産地織物のファッショナブルなデザインを、消費者がそのまま楽しむことができる機能と形態を備えているからである。ところがこのジャンルをリードしているサントノーレの存在は、案外知られていない。代表の遠藤建一は川辺系列の川敬というスカーフ・ハンカチの量販卸に17年勤務したが、こだわりの物作りをめざして37歳で独立、同社を立ち上げた。鈴屋、三愛、高野、マミーナなど、当時燃えに燃えていたヤング・チェーンに納入、ネッカチーフ1日数万枚を鈴屋に納入したという記録も打ち立てた。併せて伊勢丹、阪急、大丸などの百貨店にも10年にわたって納めてきたが、百貨店の服飾雑貨販売の在り方に疑問を感じ、三越通販のみ残して百貨店から撤退した。
その後プロデューサー、ディレクターとして機能し、メーカーによる提案型というわが国初のポジションに立って、オンワード、ワールド、イトキンなどのアパレルに、OEMの形態で納入してきた。パリのプルミエール・ビジョンには5シーズンにわたって出展、ニューヨーク、ロンドンの一流百貨店に採用されてきた。現在、アルティラ・ジャパンという名の輸出ブランドを立ち上げ、横浜の五十嵐貿易と結んで、世界に冠たる日本のシルク製品を世界に広げている。
イタリアは色柄は素晴らしいが、素材感では日本に一歩遅れると彼はいう。そこからイタリア一流ブランドへのOEMも手掛けている。現在ファッション専門店やブランドショップで、小物を上手に扱っているところは業績を伸ばしているという状況のなかで、かって小物販売のメッカだった百貨店一階の婦人雑貨売り場の業績は低迷を続けている。かってのブランドブームの折に海外ブランドのライセンスを取りまくり、デザイン内容よりもブランドの名を売ることに熱中してきた後遺症から、今なお抜け出せないでいるようだ。そこから百貨店でも、1階売り場ではなく、上階のアパレル売り場に小物を持ち込むケースが増えている。専門店でも百貨店でも、アパレル、雑貨のミックスが売上げ増の決め手になってきているとすれば、雑貨のデザイナーやプロデューサーが活躍する絶好のステージが、今こそ作られつつある。(散歩目次へ)(toppageへ)    

                                                                

  
サントノーレ@ サントノーレA サントノーレB

b.眼に触れるままにボンジュール
エルメスの騎馬像 エルメスのショーウィンドー ラクロアの代官山ブティック
   
パリやミラノのプレステージブランドが、相継いで東京に本格的な城郭を築きつつあることは、このところのトピックニュース。首都の取って置きのロケーションが外資に占領されつつあるかのように憂える見方もあるが、採算に決して甘くはない彼等が、パリ、ミラノ、ニューヨークなど、ごく限られた都市なみの投資価値を東京に認めているだけ、この都市の格は世界的に高いと考えるべきなのかもしれない。もっとも永年ロスに住む私の妹のいうように、アメリカでさっぱり売れない補いを日本でということじゃないという、醒めた見方もないではない。それはそれとして、こうした動向に立ち向かう日の丸クリエーションの健闘を期待しよう。ところで新築エルメスビルの屋上に、馬上の騎士が日仏の国旗をかざしての英姿颯爽を、東京市民はどういう眼で見ているのだろうか。そもそもエルメスが19世紀貴族のための馬具製造から始まった歴史を考えれば、ごく自然な発想なのだろうが、見る人によってはかなり刺激的かも知れない。
私はかって西武百貨店に在職していた折に、婦人服部長として当時西武がそのエージェント権をもっていたエルメス販売をも所管していたことがあり、パリを訪ねてその博物館を見学して折に署名した私のサインが、今なお遺されていると聞いたこともある。そんな縁もあって私は、エルメスに対して今なおある種のノスタルジックな気分を持っているのだが、今回のビルで私が最も心惹かれたのは、ショーウィンドウに飾られた、鮮やかなアクリルのディスプレイだった。関西空港を設計したレンゾ・ピアノのガラス張りの建築は、まさに現在の感性を表現して見事であり、戦後日本モダンアートの旗手の一人だった新宮晋の代表作が、ピアノのガラスと対話する姿にも好感がもてた。しかし私にとってこのショーウィンドウの色鮮やかアクリルは、1960年代後半の胸ときめかすファッション革命到来を告げるシンボルとして、私の追憶に今なお焼き付いているものなのである。
1960年代に高揚した戦後モダンアートは、やがて商業デザインにも浸透し、パリやミラノ、ニューヨークに相継いでアバンギャルドショップを出現させた。私は68年に開店する西武百貨店渋谷店に、そのアバンギャルドショップを開設することを命じられ、今は亡き倉俣史郎などと組んで、カプセルという名のブティックを開発したのだが、そのプランニングが終わった後、各国の動向を確認するために欧米を一周した。その折、これまた今は亡きパリ駐在部長堤邦子女史のご案内で、パリに高揚するアバンギャルドショップを視察して回ったことがある。結局は私たちのプランが最良という結論だったにせよ、さすがにパリの企画はエキサイティングだった。このほど代官山にラクロア自身がデザインしたブティックは、その折の感動を再現させるに十分だ。こういうパリを、日本の消費者にもっと知ってもらいたいものだと思う。
アランシルベスタイン ズッカのブティック 河津バガテル公園のフランス風民家 バガテルの薔薇園

一流ホテルのフロントデスクは、宿泊カードを記入するお客の手元の時計にちらりと眼を走らせ、お客の品定めをするという。したいものにはさせておけばいい。しかしどうせ高価な手巻き時計に散財するのなら、時にマニアックな好みを見せてやってはいかが。たとえばフランスのアラン・シルベスタインのウォッチデザイン。そのシャープなモダンデザインは、世界の喝采を浴びている。世界きっての一流宝飾ブランドを統合するヴァンドームグループのリーダーシップもあって、このところのヨーロッパ宝飾には、シャープなデザインがふえてきているが、そのなかにもシルベスタインは光っている。その価格は、なかには330万円という高値もあるが、全体としてみれば65万円から35万円と、驚くような高値ではない。ただし各デザインが日本向け限定200〜500個と入手は容易ではない。支払い能力だけでは手に入らないからこそのプレステージではないか。

今さらいうまでもなく、色々なフランスが存在する。正統派があれば異端がある。金で買えるものがあれば、蘊蓄抜きでは意味のないものもある。成熟洗練された大都会があれば、世界屈指の豊かで美しい農村があり、裏町には労働者の宝物が潜んでいる。というわけでたとえば、一生傘下の小野塚秋良、ズッカのブティックをのぞいてみてはいかが。ズッカは最近、青山の根津美術館通りのすぐ脇に、ゆったりとした空間のブティックを開店したのだが、その目玉商品の一つが、ボルドー産のシャツだ。小野塚は前々から、昔風の無骨なシャツを作りたいと念願していたが、ボルドーにそういうシャツを作ってくれる縫製工場を見付けた。パリモードなどとは全く無縁に、ワイン作りの労働者向けのシャツを昔ながらに作ってきた、それならではのフィーリングがそこにあった。
私はかって桐生のテキスタイル作家、新井淳一が着ていたシャツに感心したことがあった。何ということはないストライプなのだが、そこには何ともいえない独特の風情があった。由緒を尋ねたら、ドイツのハンブルグが、市のために貢献した人に贈るものだということだった。何処かのデザイナーが作ったものではなく、土地の歴史がはぐくんできたものには、それがどんなにシンプルなものであっても、感動、愛着を誘う力がある。ブルターニュの横縞のシャツにしてもそうだ。そこには英国海峡の潮風が薫っている。というわけでボルドーの工場が作ったズッカのシャツには、葡萄畑を渡る風の表情があるのだ。
いずれの国でも田舎の暮らしに触れなければその国が判らず、彼等の好みの源泉に到達できない。フランスでもそうだと思うが、それだけの時間を割けない人のために、伊豆の河津にこの4月にオープンしたバガテル公園が役に立つかも知れない。それはパリのブーローニュの森にあるバガテル公園という有名な薔薇園の姉妹施設なのだが、薔薇園には厚みがあり、そこに立ち並ぶ建物は新築ながら、フランスの古民家を再現する努力が払われている。私はかって英国の草葺きの民家建築をわが国に再現しようと企画しながらついに果たせなかったのだが、その眼でみても一定の評価ができる。シェークスピアの生地、ストラットフォード・アポン・エイボンに見られる英国の古民家などに比べれば、フランス民家はもっとシンプルで清楚な感じのものだが、そういう田園趣味を偲ぶこと無しには、ロココですら本当には理解できないのではないか。

ジュリアン ひとりぼっちのパトシアン
もう少しフランス趣味に深入りしたいと思っている勉強家にとって、サントル・フランセ・デ・ザール、中央フランス文化センターという名は、ちょっと気になる存在かもしれない。しかしそれが、レストランの名であるとは何ともはや!白銀台の屋敷町のただ中の邸宅の2階にあるこのレストランの経営者兼シェフのパトリス・ジュリアンは、北アフリカ、チュニジアの出身、60年代、カルティエ・ラタンの五月革命のころには、パリ大学の学生だったというから、ひょっとして彼もバリケードに立て籠もったりしたのかも知れない。その後フランス外務省に入り、駐日大使館の文化アタッシュを勤め、まもなく辞めて東京に住み着いた。そういう関係から三宅一生などとも知ったらしく、私はそのレストランの場所を一生事務所の小室専務に聞いて知った。
そのレストランはアポイント制でメニューはお任せ、彼のインスピレーションでそのつど変わる。毎晩7時ころからで入れ替え無し。ジュリアンの創作フランス料理といえようか。そうこうしているうちに乞われて、新横浜の東急百貨店4階にフランス風サンドウィッチ・レストランを開いた。英米諷しか馴染みのない日本人には珍しくもあり結構いける。それでも横浜ではやや遠いと思っていたら、恵比寿駅からちょっと登った丘の一隅に、気軽な店がオープンした。ランチで1500円前後はちょっと高いと思うかも知れないが、本格的なエスプレッソにケーキまで付くのだから文句はいえない。ディナーもそこそこの値で結構楽しめる。
しかし彼は別にシェフでもなければレストラン経営者でもない。単行本の企画もすればCDも作っている。そのなかで彼の創作になる傑作は、ひとりぼっちのパトシアンというぬいぐるみの犬。年中寝ているように見えるが、実は瞑想に耽っているのだ。その由来を説き明かすために、「ひとりで考えることをこわがらないで」というパトシアンのバイブルもある。吉本ばなな解説。フランス語で書いてあって、下に小さく日本訳が付いているから、フランス語を読んでいる振りをするのにも好適だ。どこかで俗を抜け出した趣こそ、実はフランスの最も大切なエスプリなのかもしれない。
こうなれば、テーブルに添える花の代わりに、詩の一片を加えておこう。詩も小説もフランス文学は余りにも豊かだが、ここではポール・ヴェルレーヌから一つ。19世紀のこの詩人は、永井荷風の名訳による「珊瑚集」で広く知られている。「秋の日のヴィオロンのためいきの身にしみてひたぶるにうら悲し…」から「巷に雨の降るごとく、わが心にぞ雨の降る…」、あるいは「嗚呼やるせなき追憶の是非もなや、衰え疲れし空にひよどりの飛ぶ秋…」など、上質の演歌調にここ欠かぬ詩人なのだが、以下の詩はひと味違う。
道行 「寒くさびしき古庭に 二人の恋人通りけり  まなこ衰え唇ゆるみ、ささやく話もとぎれとぎれ 恋人去りし古庭に怪しや 昔をかたるもののかげ  …お前は楽しい昔の事を覚えておいでか。…なぜ覚えていろと仰有るのです。…お前の胸は私の名を呼ぶ時いつも震えて お前の心はいつも私を夢に見るか。…いいえ。 …ああ私らふたりくちとくちを合わした昔 危うい幸福の美しいその日。 …さうでしたねえ。 …昔の空は青かった。昔の望みは大きかった。 …けれどもその望みは敗れて暗い空へと消えました。  烏麦繁ったなかの立ちばなし 夜より外に聞くものはなし。」 悔いと諦めを歌う繊細な叙情。フランスならではなかろうか…
恵比寿のジュリアンの店には、東京とパリの時を示す時計が二つ置いてある。同じ地球のなかに生きていて、ちょっと時間が違うだけ。それだけ近いともいえるし、そのちょっとした時間差が、なかなか埋めにくい遠さでもある。
先の東京コレクションのさなかに、大著としても高名なマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の最終編、「見出された時」の映画がが上映された。これもコレクションのなかの一つと考えて、時間を差し繰って出掛けた。主人公が生まれ育ったコンブレや避暑に訪れたバルベックがどんなところか、それを確かめるだけでも楽しめるという思いもあった。第一次大戦が終わった後のサロンのパーティに集まった貴族たちの在り方を品定めしながら、そこに繋がる今を思った。そこにおずおずと遠慮がちに加わっていたブルジョアが、やがてその貴族たちが育て上げた遺産である世界の一流品のビジネスを掌中に収め、いま世界にそれらを浸透させるゲームに巨大な金を投じている。そして彼等元貴族はそのビジネスを運用するLVMHなどに、彼等の資産を託しているのではあるまいか。またその映画では、サロンに加わることを許されたファッションデザイナーが、大切な顧客のご機嫌を伺って、おずおずとお愛想笑いを浮かべていたのが印象的だった。今のサロンでは彼等は光り輝くスターで、皆が握手を求めて集まってくる。「見出されたもの」とは一体何なのだろう。散歩目次へ)(toppageへ)
ジュリアンの二つの時計 見出された時
c.ウィーンとロンドン
    
ヴェルサクルーム 同右 同右
セント・ジェームズ・クラブ 同右

の有明のIFF、インタナショナル・ファッションフェアで、嬉しいものに出逢った。オーストリア・ウィーンでバッグ製造百余年の歴史をもつシュナイダー社が、ヴェルサクルム(聖なる春)という名のバッグシリーズをお披露目していたのだった。それは、19世紀末、新しいデザイン表現をめざして登場した英仏のアールヌーボーに呼応して、オーストリア・ウィーンに巻起こった新芸術運動、ユーゲントシュティルが発行した雑誌の名なのである。グスタフ・クリムトやジョセフ・ホフマンなど世紀末を華麗に彩った精鋭が拠るこの雑誌の名の商標権をシュナイダー社が獲得したこと自体、全く異例なことなのだが、その名のもとに今回発表されたバッグデザインのゴブラン織が、「聖なる春」の中核の一人、ジョセフ・ホフマンの図案であることも、ほとんど信じられないほどの素晴らしさなのだ。ヨーロッパ最後の王朝ハプスブルグ家の首都だったウィーンをはじめとするゲルマン系のデザイン活動が、十分に現在の世界の一流品に反映していないことを残念に思っていたさなかに、このような歴史の重みをもったデザインが登場したことは、21世紀における新展開に期待をもたせるに十分だった。
戦後わが国最高のインテリアデザイナーだった故倉俣史朗が死ぬ少し前に発表したデザインのなかに、ジョセフ・ホフマンに捧ぐと銘打った椅子があったことを、改めて思い出した。透明なアクリルの、いかにも彼のものらしいその椅子には、薔薇が一輪埋め込まれていたと記憶している。こういう具象的は表現を厳密に避けてきた彼にとって、それは全く異例なことだったのだが、彼がみずから課したそのタブーをうち破るほどに、彼のホフマンに対する思い入れは強かったのだろうか。
ウィーンに加えてロンドンを一つ。横浜ファッション協会は、私はそもそもその発足の折から関わっており、その因縁から今でも顧問の名を頂戴しているのだが、前回の総会が野毛山のセント・ジェームス・クラブで開かれたところから、横浜がさりげなくもっている優れたデザインの一つを、偶然に知ることになった。最近新装されたこのクラブのデザインは、20世紀初頭のロンドンの、典型的なエドワーディアンスタイルを再現していると思うのだがどうだろう。穏和で程良く華麗なそのスタイルは、大英帝国最後の繁栄の象徴ともいうべきものだった。特に際立った印象を与えないだけ、それだけ完成されているともいえるのだろう。披露宴に用途が限定されているために、気軽に食事に立ち寄ることができないのは残念なことだ。
新装成った横浜グランドホテルの際立った内部デザインにも、先のファッション協会総会の折に触れたのだったが、このような優れたものを何気なくもっているというのが、いかにも横浜らしいおっとりさ加減である。そういえばグランドホテルのレストランの椅子はかって外人サイズらしく高めで、短足の私などにはちょっと座りにく、それが逆に港町らしくて面白かったのだが、改装後はどうなったか。またかってそのメニューにアメリカだったら定番ともいえる七面鳥のサンドウィッチがあって嬉しかったが、今では姿を消しているに違いない。何なら千円賭けてもいい。(散歩目次へ)(toppageへ)

d.犬も猫もステージへ

ジュンコのドッグショー ロシアの猫のドラマ チェコの仮面劇

日本人という人種はとかくシャイで、それでいて無視されると面白くないという、困った体質の人が多いと思うのだが、その点コシノジュンコという人は全く日本人離れしていて、明るくて屈折することを知らず、思いついたことはためらうことなく堂々とやってのける。そのお陰で私も、色々と面白いものを見せていただいてきた。今度の犬のファッションショーなどというものも、私にとって生涯で最初で最後ということになるだろう。ディズニーの犬のキャンペーンの一環だったのかもしれないが、趣旨はともかく、物見高いは江戸の常というものだ。犬たちはさすがに毛並みがよく、よく訓練されてもいたが、ファッションショーというものが全く理解できず、演技の仕方も判らず、うろうろしている間に終わってしまった。でもお客さんは結構エンジョイしていたようだった。犬たちが思うように歩けなかったのは無理もなかった。何しろショーのランウェイを歩くことを、一名キャッツウォークというではないか。犬ではなく猫に合わせて作られているのだから。
ところでロシアの、世界でただ一つの猫のショーがあるというので、早速見物に出掛けた。犬というものは主人に仕えて評価されることに生き甲斐を感じる動物だというが、猫は全く違う。いくらご馳走になっても恩に着るということがない。徹底的に個人主義的な動物と聞いている。それがどうして人間の意図するように演技するのだろう。解説によれば、それぞれの猫のやりたいと思うことを見付けて、それを芸にまとめていくのだということだった。日本のヤングが何時のころからか、犬型から猫型に変化したことは広く知られていることだが、その猫型社員の能力をどうやって引き出すかという課題に、この猫芝居がどう答えているのか。別に人を使っているわけでもない私が、終始そんなっことを考えながら見ていたとは、後になって苦笑を禁じ得なかった。それにしても一芸やった後、猫が袖に帰っていく時の一目算の走り方が気になった。お役ご免がそんなに嬉しいのか。それとも裏にご馳走が待っているのか。多分その両方だろう。

チェコスロバキアの仮面劇をやっているというので、これまた早速に行ってみた。評判の映画演劇の話を聞くと、そのうちそのうちと思いながらついつい見逃してしまうのに、こういう見物になると簡単に御輿を上げる。どうも困った行動パターンである。それはそれとしてこの仮面劇は、衣装、装置、演技ともども、いかにも地方巡業の田舎芝居の感があって、それが面白いといえばそうもいえるといった出来映えのものだった。演目は誰でも知っている「ロメオとジュリエット」 きっと何かの祭りに出掛けていっての小屋掛けの芝居ではなかろうか。そう思ってみればそれなりの趣向ではある。こういう祭りの大道芸はいずれの国も似たりよったりだと思うが、国によってちょっと違うところが面白い。かってスペインのバルセロナに行った時、何かの祭りの大変な雑踏に呑み込まれたことがあったが、そこでの大道芸には、日本とはひと味違うものがあった。チュチュをはいてバレエを踊って見せたり、正装で社交ダンスをやってみせたりして投げ銭をもらう。日本で真似たら気が狂ったと思われるだろう。
仮面劇を見ながら、今では高名なおんでこ太鼓の一座がまだまともな太鼓も持てないでいたころ、彼等を佐渡に訪ねた時のことを思い出した。一座の若者と一緒に由緒ある寺を訪ね、そこで演じられた文楽風の田舎芝居を、堂の前の筵に座ってみたものだった。そのあと仏堂に通されて住職の来るのを待ったのだが、なかなか現れないのに退屈した座員の若い衆が、仏前の木魚や鉦を叩いて遊び始めた。まもなく住職がやってきて、こんな仏の供養になることはない、さあやってくれ、やってくれと、ビールやジュースをもってきてくれるではないか。もし叱られたら年甲斐もないと我慢していた私も、この際叩かねば損々とドンドコチンチン。こういうのこそ一遍上人の道統を継ぐ名僧というべきだ、さすがは佐渡島だと、感じ入ったものだった。(散歩目次へ)toppage)へ
e.ギフトに感動
左回りの時計 一生のジャケットと新井氏のシャツ 中村芳dth="122" height="163" border="0">
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山本絹織さんのお米 安田博子さんのお米

り物を頂戴することは、それが何の折のどんなものであれ有り難いもので、身に染みて嬉しかったこともしばしば。ところで昨年末、永年ファッションビジネス研究を共にしてきた仲間が集まった折、そういえば来年三島さんは喜寿ではないかということになり、忘年会の折りにわが夫婦を招待され、喜寿祝いの品までを下さった。それが何と、逆回りの腕時計だったのである。文字盤も針も逆回りになっている。時々刻々若返りなさいという趣旨だそうで、また時を確かめる折にしばらく考えないと時が読めないということから、頭脳老化を防ぐ効能もあるというわけである。何時だか判るかといって時計を見せ、とまどって考え込むのを楽しむという効能もあることが、後から判った。年を取ったいまいましさと仲間の友情を、この時計は何時までも執拗に教えてくれるだろう。その忘年会に出席できなかったというので、日本流行色選定の重鎮である中村芳道氏が毛針入れの箱を贈ってくれた。私がフライフィッシングの落第生であることを知っている彼は、同時にマニアックなまでの英国カントリー好みなのである。
日韓ファッションビジネス研究学会合同会議の折に、ゼンプランニングの新井俊二さんの着ておられたシャツを褒めたら、自社製作のものだということで、私のサイズを想定して早速作って送って下さった。素材はかって三宅一生氏も惚れ込んだ阿波のしじら織。何ともいえぬいい柄、腰のある質感。裏にはアクセントの布を当て、ボタンにも趣向をこらしてあり、ジャケットの気品を備えたしゃきっとしたシャツだった。世界の一流品にも見ることのない名品ではなかろうか。ところで私は、折に触れ三宅一生氏にさまざまなものを頂戴しており、感謝に堪えないのだが、そのなかのポリエステル・ジョーゼットいうメンズものでは余り使われない素材で作ったジャケットをシャツに合わせて着てみたら、めったにない面白いスタイルになった。
とあるファッションショーの折に、アスコファブリックハウスの新井明子さんが持っておられたバッグを褒めたら、これも小物まで含めて送って下さった。鮮やかな金色使いながら、さすがテキスタイルデザイナーだけあって、品良くまとまっている。香気のある婆沙羅というべきか。コレクション会場に携帯して、皆をアッといわせるのが楽しみだ。さらに産地を訪ねれば毎度、アイデアをこらしたスカーフなどを多量に頂戴するので、我が家の押入はテキスタイル美術館のようになっている。そのなかで小松産地の山本絹織は毎年、自分の田圃で作ったお米を毎年贈ってくださる。産地巡礼へのご報謝、感謝感謝である。…そう書いた後に今度は小松の組合で山本さんなど女性幹部を補佐して活躍している財政課長の安田博子さんから、ご主人が手塩にかけた新米をお贈り下さった。これで私は加賀の恵みで命ながらえることになる。

そのような数ある戴き物のなかで、折に触れて贈って下さる木馬のギフトは、我が家では家宝扱いになっている。平成13年度の毎日ファッション大賞に、高橋旬が大賞、新人賞が柳田剛、鯨岡阿美子賞に木馬社長、渡辺正一が選ばれたことは、一推薦委員としてすべてわが意を得たりだったのだが、この際特に木馬について触れれば、ロココの象徴ともいうべきリボン、ブレードなどの細幅織物の生産が、本家筋のフランスで見る陰もなくなった後を受けてその伝統を継承し、高級物については世界一の売上げを実現して、パリのオートクチュールを始め世界の需要に応えているのは見事という他なく、しかもその生産については福井産地に集中し、中国などの海外生産に走る職先は取引を切ってしまうという。彼は京都の出身だが、掘留にあって京都商人最良の伝統体質を顕現していることは、東京に重点を移した新装大橋と似ている。そのデザインについては娘さんの才能によるものが多いと思われるが、その木馬がそのメッセージとして毎度送って下さるリボンのパッケージは、毎回ため息が出るほど美しく、使うに忍びなくてすべて大切に箪笥に仕舞い込んである。それは糸で表現された宝玉なのである。(散歩目次へ)
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木馬のギフト 同左 同左
f.鴎外の故郷・津和野で
宇部の彫刻 津和野の鯉 津和野の川原             森鴎外の旧宅

   

山本寛斎とは永い付き合いで、彼のかってのファッションショーから、国内海外で開かれたファッションイベントまでそのすべてを拝見してきたが、今回の山口県の依頼によるきらら博のイベントも、ご招待いただいて楽しく拝見してきた。このところの彼のイベントは海外国内含め野外の展開が定型になって、それはそれなりに壮大なものなのだが、その一方でよく見えないという意見もあった。そこから今回は、大きなドームのなかに巨大なテントを張り、そのなかで展開するという、これまた世界にない新機軸を試みた。1回当たりの客数に限界があるので、ロングランで対応するという趣向なのだが、音響も仕掛けも拡散することなく集中して展開され、観客にとって今までにない楽しい体験になったのではなかろうか。同県を始め全国のボランティアを結集した点でも、これまでのスケールを超えていた。
何かに付けご招待いただいた後の帰り道に何かを見てくるというのが、私の年来の行動パターンなのだが、今回はどこを訪ねようかと思案した。いうまでもなく山口県は、幾多の勤王志士を生み出して、明治政権の原動力になった土地柄。明治維新に関わる名所旧跡に事欠かない。城下町にしてもファッションライターの大内順子さんのご先祖にあたる戦国時代の大内家の華麗を始め、見るべきところも多いはず。しかし明治政権を担った長州閥が、やがてはわが国を無謀な戦争に追いやる原動力になってしまったことを思えば、その源流を訪ねるのはもう一つ気乗りがしない。あれやこれやと考えた末、足を伸ばして島根県石見(イワミ)の津和野(ツワノ)の街を訪ねることにした。山間の小京都と呼ばれている点では、わが国先祖に縁のある岡山県の高梁に似ている。
早朝、宿泊した宇部を発ったが、駅への道に老人と子供がフルートとサックスを吹いている彫刻に出逢った。むさ苦しいだけの工業都市と思われたくないという志がほの見えて、何か心に残った。小郡で乗り換えて北上する。前に伊那路を行った時と似て、何時まで続くか草いきれのする道程だった。やはり石見の国は遠く深い。津和野はそうして深い山あいのなか、津和野川の清流に沿い、堀割に大鯉が群れる美しい街だった。そこには日本五大稲荷の一つ、太鼓谷稲成があり、大名屋敷あり、観光に事欠かぬ見せ場をいろいろ整えていたが、そのなかにある、司馬遼太郎の「街道をゆく」の挿し絵で高名になった郷土出身の画家、安野光雅の作品を集めた美術館の、ほんのりと明るく平和な幸せが印象的だった半面、カトリック教会を訪ねれば、この山奥で行われた切支丹弾圧の歴史は生々しく、また郷土出身のカメラマン、桑原史成の作品を集めた現代フォトギャラリーには、水俣病や韓国、ベトナム、ロシアなどの厳しい現実を直視する鋭い眼が印象的で、現実と直面してたじろがない山間の人たちの、厳しい志に心打たれた。
しかしそのなかで、私が最も心惹かれたのは、郷土出身の文豪、森鴎外の旧跡だった。鴎外の父は内科専門だったというが、その屋敷は慎ましいもので、これに対して同じく明治時代の思想家として高名な西周(あまね)の父は、外科医とかいうことだったが、その百石に対して森家は八十石、天井の高さまで低く規制されていたという。そのような息詰まる封建遺制を脱出して、明治の御代に家名を上げるよう一族に期待された鴎外は、若くして大きな重荷を背負って東京に出てきたのだった。軍医への道を求めてドイツに留学し、欧米に高まる民主主義、人道主義の洗礼を受けた鴎外は、生涯にわたって郷土の立身出世主義と新思想との相克に悩み続けなければならなかった。ドイツで得た恋人が遠く日本まで鴎外を追ってきたにも関わらず、家名のためにその恋を断念しなければならなかった。彼が陸軍軍人としては軍医総監にまで上り詰め、その一方で漱石と並び称される明治を代表する文豪にもなったのだが、彼の心は終生癒えることはなかったようだ。
市教育委員会が立てた記念碑には、彼の遺言の経緯を伝えていた。死に直面した彼は、生涯心を許した友人を呼び、遺言を口述させた。そこで鴎外は、「石見人森林太郎として死せんと欲す」として、死後陸軍その他の政府要路が、その葬儀に参画することを厳しく退けたのだった。軍務と文学でその最高峰を登り詰めた彼は、それでも心休まる日はなく、その最後に一人間として死ぬことによって、初めて彼の思想を貫徹し、生涯のしがらみに復讐したのだった。ぶらりと津和野を訪ねて、そのような一つの死に出逢えたことは、思いもよらぬ大きな収穫だった… (散歩目次へ)(toppageへ)

g.さようなら高原君
毎日新聞
経済企画庁長官からセリーグ会長まで華やかに生き抜いた高原須美子君が、あっけなく去っていった。ファッションに関わる話題もあるので、その想い出でを語って追悼の言葉に代えたい。高原君は、私がかって毎日新聞エコノミスト編集部に在籍していた折、同じテーブルを囲んだ同人だった。部員とか社員とかいわずに同人というのは、このエコノミストでは同僚を同人と呼び、お互いを君と呼ばず老と呼ぶなど、すでに形骸になった明治大正の仕来りを、ジョークの一つとして持ち続けていたことによる。そういう言い方をすれば高原老ということになるが、女性が同人になることなど想定していなかったろう先輩たちは、まだうら若かった彼女をどう呼ぼうとしただろう。
ところで高原君は一橋大学の出身だったが、当時この大学はわが国に台頭してきたケインズや計量経済学などの近代経済学、略称近経の牙城として聞こえており、図らずも彼女は、今ではわが国の主流になっている新興経済学をマスコミに反映するという歴史的任務を担うことになった。また当時の財界では一橋出身があまり多くなかったことに加えて、女性記者であることもあって、取材先でも大いにもてたようである。ところで同じ部員の高内俊一君は、これまたちゃきちゃきのマルクスボーイで、しかも律儀に余り冴えない同派主流に荷担していた。それでいながら彼は東北出身の古風さを持ち続けていて、正月になればキモノに着替えて酒を付け、年賀客を待つといった人だった。
このような彼の立場は、本家の毎日新聞では敬遠されがちだったのかもしれないが、傍系ながら独自の伝統を持つエコノミストでは、多少事情が異なっていた。何しろエコノミストは戦前、日本資本主義分析に関わるマルクス主義内部の激しい論戦を、日本資本主義論争のタイトルのもとに、克明に取り上げ紹介してきたという、今から見てもよくやったもんだという歴史をもっていたこともあって、思想信条は自由お構いなしという伝統を持ち続けていた。当時からマルクス主義は斜陽に向かっており、部内で座興に現代いろは歌留多を作った折に、高内君ですらマのところに「マルクス主義がまず恐慌」と、理論的には到来しなければならないはずの恐慌が、一向にその気配を見せないことへの同派の焦燥を皮肉ってみせたものだった。こういうことで毎週開かれていた編集会議では、近経対マル経の論戦が繰り広げられたりして面白く、同人はその合戦を楽しみにしていた。勿論高原君は新興近経の代弁者として活発に論戦に加わっていた。ついでに当時の私はというと、そのいずれにも荷担せず、問題を見る視野も多少異なっていた。経済そのものよりは、それが文化各般と関わってくる新しい問題意識を抱いていた。そのような私の立場が、堤清二氏に誘われるままに西武百貨店へ転進することに繋がっていったのかもしれない。
そのころ不可思議なサボタージュを経験した。ある日出社すると同人の姿が見当たらず、探せば昼間から麻雀卓を囲んでいるではないか。理由を尋ねたら、当時の編集長が同人の原稿を一向に採用せず、社外原稿ばかり取り上げているのがけしからん、仕事をするなというのなら遊んでいるよというわけだった。もっと仕事をさせよというサタージュは珍しい。勿論これは編集長更迭ということでけりががついた。そんなこんなで結構楽しく自由に働いていた仲間の一人、高原君はこの世を去り、彼女の好敵手だった高内君が関西の大学教授に転出した後、いまはどうしているか近況は知らない。ところで女性の同人では、私が西武に転進する直前に、もう一人なかなかなの美人が入ってきた。何でも吉田元首相の本家に当たる竹内家の令嬢だとかいうことだったが、後に聞いたところでは、その後革マルか中核の泣く子も黙る理論的指導者になっているということだった。高原君とは対照的なポジションへ進んだもう一人の女性同人だった。
その後永い無沙汰の後、ある日新聞を見れば、高原君の経済企画庁長官就任のニュースが載っているではないか。私の周辺には子供のころ可愛がってくれた愛知元蔵相がいたり、宮澤元首相が数年上の先輩だったりとか、大臣というただならぬ存在とはこれまでも多少の縁はあったのだが、かって机を並べた同人が大臣に就任とは慶賀の至り。早速祝意を表するために彼女の自宅を訪ねた。行けばすでに警備が配置されており、余りにも気楽な装いのために危うく門前払いされそうになったが、運良く彼女が顔を出したので、危うく滑り込むことができた。そこで私は祝いの挨拶をすると共に、大臣になっても任期がどれだけあるかは予断を許さない。だから在任の間に何か一つでもいいから意味のある仕事を遺してはいかがなどと、いらざるお節介を言ったりした。加えて大臣になれば今まで以上に着る物も多く必要になると思うがと尋ねたら、大臣になると収入は減ってしまうし、そのあたりは頭が痛いというので、それではファッション業界の協賛を当たってみようと約束した。最近では国会でも内閣でもかなりファッション化が浸透してきているが、当時はまだひどい状態だったので、この際彼女を通じて、ファッションを永田町に持ち込もうというのが、私はあらかじめ目論んでいた下心だったのだった。
私にすれば西武百貨店に協賛してもらうのが、一番手っ取り早いことだった。しかし西武は何かと政治的に複雑だから、彼女に思わぬ影響を与えては具合が悪い。そうかといってアパレルでは服種が限定される。この際鈴屋に頼もうと鈴木社長に相談したら彼は喜び、早速お目にかかってご意向を伺いましょう、ついては赤坂の料亭を予約してといわれるので、そういうことをするから政治が悪くなる、もっと気軽なところでと提案し、結局、銀座の「はち巻岡田」を選んだ。大正時代に生まれて文人に愛されたこの店は、安いとはいえないが、サラリーマンにも人気のある店だ。その後高原君は、橋本元首相とここで会食したという話を聞いた。大臣たちがサラリーマンと膝を接して酒を飲むなんて構図は悪くない。こうして女性大臣へのファッション業界のささやかなプレゼントが実現した。

経済企画庁長官なんて気楽な稼業ではないかなどと思っていたら、どうしてどうしてなかなかなの激務だったらしく、彼女の神経はずだずだになり、寝込んだりすることもあったと聞いた。少しは気晴らしをした方がいい、ついてはファッションショーでも見てみないかと持ちかけたら乗り気になったので、早速三宅一生氏に席を用意してもらった。大臣になるとショーにも警備が付いて回る。さすがにやや遠い席から見張っていたが、警備付きのショーは珍しかった。芦田淳氏あたりのショーには海外の外交官から宮家まで出席しておられるから、そこにはやはり警備も潜んでいるのだろう。こういった縁で一生氏は彼女にプリーツを贈り、彼女はそれを着て閣議に出席したという。小泉内閣になって女性閣僚も増え、それなりに個性的な服装が閣議や国会に反映するようになったが、世界有数のファッション国家日本にしてみれば、国際的にハイライトを浴びる立場にあるこれらの人たちが、さらに意識して日本のクリエーションを身に付け、世界にアピールするようになってほしい。これも大切な構造改革だろう。高原君にはその先駆になっていただいた。同僚並びにファッション界として、心から冥福を祈る。

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